〔書いた人:maki〕
「オシムの礎を日本人が完成させる」
1周年企画のコラムも今回で最終回。いよいよ日本代表がテーマです。
Jリーグ最終節の試合を元に書こうとおもっていたら思いもよらぬ出来事がおきた。最終回の文章は、一人の日本代表サポーターの観戦回顧録としてお読みいただきたい。決して世の中にあふれでている多くのメディアの代表総括とはほど遠い、ひとり言・・・・ですので。あしからず。
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日本サッカーの屋台骨、Jリーグは、鹿島アントラーズの逆転優勝という劇的な幕切でシーズンを終えた。J1最下位ワースト記録を作った横浜FCが意地をみせ、最終節に浦和レッズの優勝を阻んだのだ。残留争いでは、世代代表を多く抱えるタレントぞろいのサンフレッチェ広島が京都サンガに敗れる波乱。
「サッカーとはこんなものだ」とだれかがいったとか、いわないとか。
今年の日本サッカー界、終盤に荒海に放り出される「事件」が起こった。荒波に放り出された指揮官、岡田新監督。体制と戦い旧態依然とした日本のサッカー界と真っ向、理論、実践ともに打破をしようとしたイビチャ・オシム監督が病床にふしてしまったのだ。
このコラムの連載企画が持ち上がったとき、2007シーズンの日本代表の成長を書くつもりでいた。しかし、夏の国際試合を終え、ナビスコ杯決勝、ACL決勝と大きな国内大会を終えた翌日、嵐ははじまった。
ドイツワールドカップでの敗戦を教訓に、変革を求められ続けてきた日本サッカー界のこと、世界のサッカーカレンダーとJリーグの開催スケジュールの違いから代表選手たちに強いられる大きなハンディについて、問題提起しようと考えていたが・・・・
その矢先、私たちの日本代表の『家長』であるが病床に伏してしまった。井の中の蛙であった、日本のサッカー界に苦言を呈し、選手の育成はもちろん世界と戦うためのスタッフを育てようとしていたオシム監督。誰よりもサッカーが好きで、『サッカー人』として生きることに誇りを持ち、私たちに日本人の手で作る、日本のサッカーを重要性を説いてきた矢先の、悲しい出来事である。
ドイツワールドカップを終え、選手たちは気持を切替、自分のチームに戻った。それまでチームの中心であった中田英寿は、ピッチを去り私たちはカリスマを失った。日本のサッカーはどこへ進んでいくんだろう、どんな道を目指すんだろう?期待と不安の中、2006年8月9日国立競技場でのトリニダードトバゴ戦でそのオシムサッカー披露した。当初、『考えながら走るサッカー』は取材するマスコミにも勉強しなさい!といわんばかりの、難問を次々と投げかけていた。それまでフォーメーションだの、ポジションだの『カタチ』にこだわっていた私たちの頭の中を一刀両断。私たちは、どの選手がどこの位置にいるのかすらわからず、試合を注意深く見るようになった。
劇的でヒーローが登場するような得点をとるサッカーではなく、知恵(アイディア)とスピードと技術で勝負する攻撃サッカー。リアクションではない。アクション。ポリバレント。いろいろなコトバが飛び交った。2007年夏、ドイツでの屈辱の敗戦から『古井戸組』も代表候補争いに名乗りを上げる。常に競争でありコンディション作りも自分たちの手で行ってこそという意識が全員に生まれはじめた気がした。代表に選ばれることの誇り、そして、オシム監督は、私たちJリーグサポーターと同じ、それ以上のJリーグ試合観戦を繰り返していた。毎週、どこかのスタジアムに彼の姿があった。それに応えるように選ばれる選手たちも厳しい日程に弱音を吐かず必死で努力を続けていた。
日本のサッカーがワールドカップ予選を勝ち抜くための、補強は順調にすすんでいるのだろうか?
Jリーグ終盤、代表に選ばれた選手たちのコンディションは、急激に低下していった。シーズン当初より明らかにリカバリーができなくなっていた。オシムサッカーを何年もかけて身体にしみこませてきた千葉の選手たちを除いて、今年のスケジュールは、モチベーションがあがればあがるほど選手たちは無理をしたのではないだろうか。
国際大会と国内リーグ。
日本と欧州のサッカーカレンダーは大きくずれている。選手のピークをどこにもってくればいいのか、チームのコンディショニングと代表のコンディショニング、強化日程はオシム監督とJクラブ、協会ので幾度となく話し合われた・・・ような記事が時折新聞に書かれていた。
日程を世界のサッカーカレンダーに合わせようとすれば、豪雪地帯のチームはハンディを負うことになる。しかし、専用の開閉式スタジアムがあればリーグの実施は可能となる。上位チームの報奨金制度もいいが、上位に食い込めばスタジアム整備のための補助金がJリーグから拠出するなど、行政まかせになっていたスタジアム整備問題を自らの力で整備するといった工夫のための財源確保だってできるはず。
また、日本代表にコンディショニングコーチを配属させるべきではないだろうか。チームのコンディショニング経験を代表にも活かす予選段階では、各チームのコンディショニングコーチを持ち回りで帯同させる。指導者としての育成の場として、日本サッカー全体を視野に入れたスタッフィングは代表チームにも必要だとおもう。ドイツ大会の教訓であり、ACLとJリーグを戦った浦和レッズの教訓でもある。もはや選手の精神論だけで解決できる問題ではなくなっている。その事実に目を向けるのか、そむけるのか。
新監督はどちらを選ぶのか。
ACLチャンピオンが決まった翌日にやってきた嵐。
岡田新監督の代表チーム。日本人による、日本代表チーム
日本のサッカー界の成長のためには、選手と共にスタッフが成長する機会ととらえたい。その先にワールドカップの出場権獲得というステップがあり、グループリーグ突破までを見据えたチームづくりをみせてほしい。
オシム監督の病状が快方に向かい、目覚めたときに話した言葉は「試合は?」だったそうだ。病と闘い生死をさまよう時にも愛するサッカーを片時も忘れなかったオシム監督。
私たちサポーターはもっとあなたとサッカーの話をしたかった。
だから、私たちのために命を投げ出してくれたあなたに、
日本での最善の治療と最大限の支援のこころを届けたい。
そして、あなたの築いてくれた日本サッカーの「礎」を日本人スタッフの手によって成長させ、必ず、南アフリカ行きの切符をとる。
私たちと一緒に南アフリカへ行きましょう。オシムさん。
〔書いた人:maki〕